●蘇れ漆喰壁
  −松本左官工業所 松本 元意

 人が行動する中で、土、石、木に触れ、最初に何を感じどんな印象を受けるのであろうか。
 地面に触れ、間近に感じたことは「土」の軟らかい感触。やがて、土の感触が縄文土器、縄文住居へと引き継がれ、造形文化の基となったのではないだろうか。
 以来5、6万年、土の感触と視覚に魅せられ、受け継がれてきた職業人、それは「左官」であろう。
 農耕社会の成立を見、湿気や動物の害などから収穫物を守るために穀倉を地面に建てた。穀倉には壁が必要であり壁を造る技術が確立し、やがて権力者の住居に壁は不可欠なものとなり、壁の歴史は始まったと考えられる。
 壁は、雨や風、外敵から身を守るという機能をもつものから、次第に優れた意匠性を付加する中で、高度な壁材の出現は漆喰などの活用に転じ、糊材として米糊の使用は庶民の手に届くものではなかった。
 しかし、文明開花は近代欧米文化との遭遇を経て、やがて石膏セメントと共に漆喰塗り工法もその技術に対応して発展した忘れることのできない素材である。絶え間なく続く建築技術革新の中にあって、左官工法によって生き返る、他の建材では代替できない深い味わいを創出する。漆喰は、日本の風土と歴史を育み、機能、美観を有した、様々な建築様式に柔軟に対応することのできるものである。また、漆喰塗り技術は永年にわたって築き上げ、知恵に磨かれ、塗り篭められたいくつもの表情は、味わいとなって人の心の中に訴える。挑戦し続ける職人の技能の中に塗り壁の誇りを知ることができる。
 塗り壁材のもつ性質や特長を十分生かし、社会的評価を上げ、材工共に左官技能の定着を目指し、日本漆喰工業会が発展定着しなければならないと信じる。本物の漆喰が、来る21世紀に受け継がれなければならないと思う。

建材フォーラム279号(11月号)(工文社,1999)所収,7頁以下